- 掲載:2026年03月24日 更新:2026年03月25日
建築との絶妙なハーモニーから生まれる新たな風景 ランドスケープデザインのあり方 株式会社日建設計 アソシエイト 岩田友紀

大阪· 関西万博「静けさの森」やJR熊本駅ビルなど、大規模かつ社会的注目度の高いプロジェクトに参加する中で、自然と向き合う姿勢、設計と調整の裏側、現場での判断、そしてこれからのランドスケープのあり方などについて語っていただいた。
Guest
岩田 友紀 | Iwata Yuki
入社以来、公共施設、オフィス、学校、商業施設のランドスケープデザインをはじめ国内外幅広くプロジェクトを手がける。美しさと機能性を融合させた空間を得意としており、歴史なども理解して、街の雰囲気との調和を大切にしたデザインを心掛けている。
日本造園学会賞、土木学会デザイン賞、SABED環境シミュレーション設計賞を受賞。一級建築士、一級造園施工管理技士。神戸大学非常勤講師。
株式会社日建設計
東京都千代田区飯田橋2-18-3
03-5226-3030
〝建築のまわりの余白の空間〟に初めて意味が宿った瞬間
―まず、ランドスケープとの出会いについて教えてください。
岩田
私は神戸大学で建築を学んでいたので、学生の頃は当然、建物そのものをつくる仕事をするのだろうと思っていました。そんな中で転機になったのが、大学で唯一受けたランドスケープの課題です。当時、立命館大学にいらっしゃった武田史朗先生が講義に来られ、私の課題に興味を持って、丁寧に講評してくださいました。そのとき、「建物の周りに広がる〝よくわからない白い部分〟も、実は名前のあるデザイン領域なんだよ」と言われたのです。それまで、敷地境界線の外側や建物の周囲は、どう処理して良いかわからない部分でした。
しかし、先生の言葉で、その余白だと考えていた空間に初めて意味が宿りました。
「ここも設計していい」「ここにも可能性がある」と気づいた瞬間、建築の世界が一気に広がりました。そこから、独学でランドスケープを勉強し始め、卒業設計もその方向へ寄っていきました。その後、オンサイト計画設計事務所のオープンデスクにお世話になり、ランドスケープが持つ奥深さ、土や植物と向き合う生々しい感覚に触れたことで、さらにのめり込みました。
建築とランドスケープを分けずに考えるために日建設計へ
―日建設計を選ばれた理由は何だったのでしょう?
岩田
建築とランドスケープを別々に設計する文化に、学生の頃からどこか違和感を持っていたんです。建築は建築家、外部空間は外部の専門家が担当するという明確な分業が一般的でしたが、実際には外部が建築の価値や人の体験を大きく左右します。
東京ミッドタウンのように、建物と外部が深く関係し合うようなプロジェクトを見て、「こういう仕事がしたい」と強く思いました。日建設計なら、建築とランドスケープが同じテーブルで議論できる環境があり、ひとつの風景を共につくることができる。それが入社の決め手になりました。
でも当時はまだ、ランドスケープの範疇は狭く、家族に「ランドスケープの仕事をする」と言っても、正直あまり伝わりませんでした(笑)。ですが、ここ十数年で社会の中での役割もかなり理解されるようになり、建築とランドスケープを総合的に捉える重要性が広く受け入れられてきたと感じます。
―業務で大変だと感じる点を教えてください。
岩田
ランドスケープは、多くの人が意見を持てる領域です。「緑があった方がいい」「もっと開放的にした方がいい」「木は低い方が安全だ」など、誰でも語れるテーマだからこそ、関わる人も多くなります。そこが難しくもあり、面白くもある部分ですね。
特に大規模プロジェクトになると、行政・事業者・地域住民・商業テナントなど、多数のステークホルダーと対話しながら進めていきます。ランドスケープは人の生活や街の印象に直結するので、それぞれの視点を丁寧に聞きつつ、プロとしての提案に落とし込む必要があります。しかし、周りの意見をただまとめると、どこかぼんやりした案になってしまうので、「プロとしての意志」と「関係者の納得」を両立させるバランスが重要だと思います。「なぜこの形か」「なぜこの密度か」「なぜこの動線なのか」─ その理由を言語化し、共有しながら進めるようにしています。
図面では決まらない。現場で判断する“生きた風景”
自然な樹木配置を実現するルール
異例・混交を満たすようなユニットを作る / ユニットを粗密をつけて繰り返し配置する
―植物を扱う難しさにどのように対応されていますか。
岩田
ランドスケープの現場は、図面どおりにはいかないことが多いんです。植物は一本一本形が違うし、地形も〝生きた状態〟で見ると、平面図の印象とは全く異なります。だから、現場での判断、つまり〝目の前にあるものをどう生かすか〟という力が非常に大切です。
圃場での材料検査では、実際に植える木を一本ずつ確認します。まっすぐ立っている木、少し曲がっている木、枝ぶりが個性的な木……同じ樹種でも性格がまるで違う。その個性を読み取り、どこに配置すると最も魅力が出るのか考えます。
―図面には表れない判断がたくさんあるのですね。
岩田
本当にそうです。木の足元の陰影や、隣り合う木との〝間〟の取り方などは、現場でしか分からないことも多い。施工中に「やっぱりこの木はもう少し前に出した方がいい」とか「こっちの枝を見せよう」など、繊細な調整を何度も行います。
泥臭い作業ですが、完成したときの風景にはその積み重ねが確実に現れます。
「共有されるデザイン」を目指す理由
―デザインするうえで、特に意識していることはありますか?
岩田
〝共有されるデザイン〟であることを大事にしています。大規模プロジェクトでは、一人の設計者やデザイナーがすべて決めるわけではなく、複数の専門家が協働し、合意形成をしながら進めていきます。そのため、感覚だけではなく、理由や論理を言語化できることが不可欠です。
「なぜこうするのか」を説明できれば、チーム全体で役職や年次にかかわらず対等にデザインの議論を行うことができるようになると考えています。デザインを共有して育てるというプロセスは、組織で仕事をするうえでとても重要だと思っています。
チームで共有しやすい工夫として、3Dモデルやシミュレーションを使い、形状や動線の説得力を視覚的に示すようにしています。単に〝かっこいいから〟ではなく、〝こういう理由でこうなっている〟という根拠が伝わると、関係者全員の理解が深まり、より良い議論が生まれます。
万博「静けさの森」で挑戦した、コンパクトな“深い森”
大阪・関西万博の「静けさの森」
万博会場という大きな人流と情報に満ちた環境の中に、あえて“ 静けさ” という対照的な体験を埋め込むことを目指している。動線や視線の抜け、植栽の配置を丁寧に重ねることで、人が自然と歩みを緩め、周囲との距離感を取り戻せる場を構成。
―万博の「静けさの森」は大きなプロジェクトでしたね。
岩田
あの森は面積こそ2ヘクタールですが、〝深さ〟をどう演出するかが大きなテーマでした。外の賑わいから一歩入ると、空気が柔らかく変わり、音が消えていくような体験ができればよいと考えていました。密度の違う植栽を組み合わせたり、微地形をつけて歩くスピードが変わるようにしたり、視界が絞られる瞬間と抜ける瞬間を繰り返すなど、細かな仕掛けを重ねました。実際、体験した方々から「方向感覚がわからなくなり、だんだん中に吸い込まれていくような感覚になった」などの感想を多くいただき、このようなパブリックスペースにおけるプロジェクトの醍醐味を感じることができました。
―万博会場の夢洲(ゆめしま)に、約1500 本の木を植えるというプロジェクトはいかがでしたか。
岩田
一番苦労したのは、やはり規模の大きさです。今まで私が扱っていたプロジェクトと比べても面積も広いし、木の本数も多い。この規模で、今まで通りの「設計をして、現場に立ち会って、場所を決める」というやり方を想像するだけでかなり悩んでいました。そこで今回、社内のデジタルデザインチームとコラボレーションして、1500 本の木の配置をコンピューターを使って検討することにしました。自然とは本来、多くのアルゴリズムのかけあわせによって出来ています。自然を再現するようなプロジェクトでは自然のシステムにならうデザインを行う手法としてデジタルデザインは相性が良いと感じました。それに、困ったことが新しい設計手法やコンセプトに繋がっていく体験ができたのは大きかったです。
「静けさの森」の場合はお題がはっきりしていて、「パビリオンの喧騒から離れて、自然と向き合い、自分と向き合う静かな空間」にするため、だんだん内側に行くにつれて木が密になっていく計画でした。それを実現するプランをデザインディレクターである忽那裕樹(くつな ひろき)さんと練っていきました。プラン上の形だけでなく、来場者の視点(アイレベル)で、中に入っていくにつれて視界が緑で遮られていくような仕掛けになっています。
JR熊本駅ビルで意識した 〝地域らしさ〟の再解釈
―JR熊本駅ビルではどんな点を意識しましたか?
岩田
熊本の風土は、水と緑が豊かなことが大きな特徴です。その魅力を駅前という都市空間でどう再解釈し、再現するかがテーマでした。湧水をモチーフにした水景を取り入れたり、地元の気候に合う植生を中心に選定したり、地域らしい風景の〝らしさ〟を損なわず、都市として洗練させることを目指しました。多くの関係者と議論しながら進めたので調整は大変でしたが、むしろそれがプロジェクトに深みを与えたと思います。
―室内での緑化という難しさへの取り組みにはどのように対処されましたか。
岩田
室内緑化においては外から入る光が生命線となるため、できるたけ明るい場所を見つけて緑を配置することが重要でした。チャレンジングだったのは「自然を感じることができる」というコンセプトでした。これまでの室内緑化は、トロピカルな南国系の観葉植物を使うことが多かったのですが、それでは熊本の自然を感じてもらえないだろうと。そこで、実際に熊本の山に生えているような在来の樹種を調査した上で、室内の環境でも生育できるものを選定し、取り込んでいきました。
あとは「水」ですね。建物の中に水を取り入れることで建物の性能が落ちてしまっては本末転倒なので、納まりや防水の関係も含めてすごく検討しました。私は建築出身なので、建築を第二の専門に持つランドスケープアーキテクトだからこそできる部分かなと思って、頑張ったところです。配管や梁との取り合いなど、早い段階で詰めていきました。
完成した瞬間がゴールではなく、時間とともに育っていく風景を見守る
―これからのランドスケープデザインは、どのように変わっていくと思いますか?
岩田
まずは、皆さんが「緑を取り入れたい」とおっしゃるよJR熊本駅ビルで意識した〝地域らしさ〟の再解釈うになって、活躍の場が広がっていて嬉しいなと思います。ここ15年ぐらいで、建築とランドスケープが密接に関係してパブリックスペースを作っていく事例がすごく増えました。今後は、建築設計者とランドスケープアーキテクトが本当に一体となってデザインしていくことが増えていくと思います。街のつくり方が変わり、自然の扱われ方も変わってきました。建築とランドスケープの境界がどんどん曖昧になり、相互に影響し合う存在になっています。これからは、建物中心ではなく、人の体験や環境の変化を軸に〝包括的に風景を設計する〟時代になると思います。
個人的には、一人の強いクリエイターが引っ張るのではなく、チームの知識や議論が反映された〝共有されるデザイン〟を積み重ねることを大切にしていきたい。そして、完成した瞬間がゴールではなく、時間とともに育っていく風景を、多くの人とともに見守っていける仕事をしていきたいと思っています。
取材
建材ナビ広報担当 秋葉 早紀(二級建築士)
実際に万博に行った際に感じた、賑わいから切り離された「静けさの森」での没入体験は、計算し尽くされたものだとわかり、単なる緑化ではないランドスケープデザインに触れることが出来、その存在意義を深く考える機会となりました。
[SPECIAL FEATURE] 日建設計 特集
「建材ナビジャーナル」特集記事
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