- 掲載:2025年12月08日 更新:2025年12月08日
空間のパフォーマンスを最大化する「一目惚れ」の仕掛け。植物の力で建築に新たな価値を吹き込む 空間装飾クリエイター 平野つぼみ
「一目惚れする空間」をコンセプトに掲げ、商業施設やオフィス、サロンなどの空間装飾を手掛ける空間装飾クリエイター・平野つぼみ氏。彼女は、単なる美しさの提供にとどまらず、植物を用いた「空間のパフォーマンス向上」を提唱する。
バブル崩壊後の原体験から培った自立心、美容室への飛び込み営業から始まったキャリア、そして「植物を建築資材と同等の選択肢へ」という野望。建築が直面する新たなフェーズに挑む平野氏に、その独自の哲学と、これからの空間づくりにおける植物の可能性について話を伺いました。
Guest
空間装飾クリエイターとして、ヘアサロンを中心とした店舗のフラワー装飾やオフィスグリーン装飾、各種イベントの装花を担当。「空間デザインで顧客体験を最大化すること」をテーマに植栽を用いた居心地のいい空間・一目惚れする空間を提案している。
株式会社ローズガーデンカンパニー
神奈川県横浜市都筑区早渕1-35-2
時代や環境に左右されない、自立した強さを求めて
平野 そうですね、実家は鉢植えの専門店を営んでいました。ちょうどバブルの時期だったので、シクラメンや蘭などが飛ぶように売れる、とても良い時代でした。ただ、花というのはどうしてもシーズンものですし、良い時もあれば閑古鳥が鳴くような時もある。母からは「華やかな仕事じゃないから、女の子は絶対に花屋をやるな」と、まったく勧められていませんでした。
―別の仕事をしなさい、という教育だったのですね。
平野 はい。ですから実家を継ぐように言われたことは一度もありませんでした。その後、バブル崩壊などの影響で父が店を畳むことになり、両親が懸命に働く姿を見て育ちました。そうした経験から、時代や業種、環境にとらわれず、自立した女性として自分で生計を立てられるようになるべきだと、幼い頃から強く思うようになりました。 どんな会社が一番強いのかを考えたとき、売り上げの変動に一喜一憂するのではなく、「変化に強い会社」なら大丈夫ではないかと考え、自分で起業することを決意しました。その中で、一番身近にあり、自分に取り入れられるものは何かと考えた時、やはり「花」だったんです。それで、両親とは別に一から花屋を立ち上げ、挑戦することにしました
―「花屋をやりたい」というよりも、「独立しよう」という思いが先にあったのですね。
平野 そうです。結婚などの環境の変化や、他人に左右されない生き方をしたいという思いが先にありました。一番身近で、周囲からもよく知っていると思われていましたし、私の名前も「つぼみ」ですから(笑)。ある種の宿命のようなものを感じて、「じゃあ、もう花だ!」と覚悟を決めて始めました。
横浜ディスプレイミュージアムは、造花・フェイクグリーン・プリザーブドフラワー・ドライフラワーなどディスプレイやインテリア装飾アイテムを豊富に扱う、国内最大級のディスプレイ専門店です。広さ約 3,000㎡の横浜本店には常時1万点以上のアイテムが並び、家具や照明、雑貨、グリーン、花器といった幅広いカテゴリが揃っています。プロのフラワーアレンジ教室運営者から、インテリア好きな個人まで、空間づくりを考える人にとって頼れるショップです。
飛び込み営業から掴んだ、「空間装飾」への道
Cloe新宿店:
ニュアンスカラーと光を通すフェイクフラワーで、IROHA D‘ECORらしい優しい空間に。
平野 最初はまったく売れませんでした。両親と同じく鉢物の専門店にしたので知名度もありませんでしたし、ただ待っているだけではダメだと思い、お花とチラシを持って飛び込み営業を始めました。最初に目を付けたのが美容室です。入口に花壇はあるものの、石しか入っていないような場所が結構あったんですね。
―何か植えるつもりだったけれど、そのままになってしまっているような場所ですね。
平野 おそらくメンテナンスが面倒だったり、入れるものがないからとりあえず石を入れておこう、といった場所ですね。そういったところを片っ端から回って「お花を入れられませんか?」と営業していきました。すると数軒目で、「ちょうどそう思っていたんだよね」というオーナー様に出会いました。その方は非常にセンスと感度が良く、すでに2、3店舗経営されていたのですが、「どうしても他の店舗にも入れたい」とおっしゃっていただいて。その後、新店を出す際に「外だけではもったいないから、中にも入れられないか」というお話をいただき、そこから現在の「空間装飾」の仕事へと繋がっていきました。
―そこが転機になったのですね。それにしても、立ち上げてすぐに行動に移されたのは素晴らしいですね。
平野 当時はがむしゃらでしたね。お店で1ヶ月ほど待ってみたものの、このままではお客様は来ないと確信しました。両親の姿を見ていたので、暇な時にただ花のメンテナンスをしているだけの状況がどういう結末になるか、悪夢が蘇るような感覚があったんです。でも、お花を必要としている人は必ずいるはずですし、街を見渡せば空いている花壇がたくさんありましたから。
―普段から街の中の「空いている花壇」に目が留まっていたのですね。
平野 無意識のうちに目が行っていたんでしょうね。「あそこが花だったらいいのに」と。その意識を変えるには自分で行くしかないと思い、一人で動き始めました。
実は当初、同世代の友人が「手伝うよ」とアルバイト感覚で集まってくれて、まるで漫画の『ONE PIECE』のように「挑戦する人を応援するぞ!」と船に乗ってくれたことがありました。
でも、売上が上がらなければお給料は払えません。所詮はお遊びごっこになってしまうと気づき、「自分で売上を上げて、ちゃんとお支払いできるようになったら来てね」と一度解散して、一人で再スタートを切ったという経緯もあります。
―その後、どのようにお仕事が軌道に乗っていったのでしょうか。
平野 飛び込み営業を続ける中で、地域で「あそこの花屋さんに行けば植えてくれる」という噂が立つようになりました 。また、最初にお仕事をした美容室のオーナー様が、新店舗を出す際や他のオーナー様に「雰囲気も良くなるから」と紹介してくださるようになり、どんどん繋がっていきました。
今でも美容室のお客様が一番多いですが、最近ではオフィスや、世界観を大切にするレストランなどからもご依頼いただくことが増えました。
「一目惚れする空間」を作る、言語化できないイメージの具現化
Shalu平塚店:
美容室全体の装飾を担当し、最新の造花を天井にグラデーションで配置しました。
平野 1年半ほど前、ホームページを作る時に決めました。 お客様や、その先のお客様(美容室なら来店される方)が空間に入った瞬間、「なんか素敵」と感じてくださっている印象があったんです。
美容室自体にディスプレイを飾ること自体がまだ珍しい中で、「素敵なサロンだね」で終わらせず、一発で「一目惚れしました」と思わせるところまで持っていければ、その空間のパフォーマンスを上げられるのではないかと考え、これをテーマにしました。
―「空間のパフォーマンス」という視点は面白いですね。ご依頼の際は、お客様からざっくりとしたオーダーが多いのでしょうか?
平野 そうですね。頭の中で描いているデザインやイメージを言語化するのは、プロでも難しいことだと思います。特に植物に関しては、イメージを言葉にするのは不可能に近いかもしれません。
ですから、まず「言葉にするのは難しいですよね」という気持ちを理解することを大切にしています。「うーん」と悩まれるお客様に対しては、このお店に来ていただきたいお客様はどんな方なのか、性別や年代などを一つひとつ紐解いていきます。
中には「ゲームの世界観を作りたい」「『聖剣伝説2』でお願いします」といった具体的なのか抽象的なのか分からないオーダーや、「夕方ではなく、日曜の朝9時」「朝露のような雰囲気」といった空気感を伝えられることもあります。
すべてを完全に理解するのは難しいかもしれませんが、まずは「言語化が難しい」という前提に立って、お客様のお話をじっくり伺うようにしています。
空間を「引いて見る」視点と、光と風を感じる素材選び
株式会社フジゲームス:
オフィスエントランスに、造花の苔で縦2.5m×横4mの山を制作しました。
平野 生まれた時から生の植物を見て育ったことは、今思えば大きかったですね。現在は主に造花(アーティフィシャルフラワー)を扱っていますが、造花も元は植物を模したものですから、植物としての特性や「ここにこれがあったら不自然だ」といった感覚がなんとなく分かります。
例えば、点と面をどう組み合わせるか、葉の広がりや線の出方をどう構成するか、といった植物の選び方には気を配っています。
また、私はインテリアから入ったわけではなく、造園デザインも手掛けていた父の影響もあり、実際に施工も行います。そのため、「一点集中」で見るというよりは、最初から広い面積を「引いて見る」癖がついているのかもしれません。どこに自然を持ってくるか、という大局観のようなものは、造園の経験から得た技術だと思います。
―空間全体を見る感覚が備わっていたのですね。
平野 はい。お客様から「この壁に飾りたい」と言われても、入口から引いて見た時に「この予算でここに飾るよりは、もう少し小さくした方がバランスが良い」「もっと広げないと空間に負けてしまう」といったご提案ができるようになりました。
「とりあえず緑を置いておこう」程度の提案では、私のブランドとして収まりたくない。「何かあるよね」ではなく、あることで「何か違うぞ」と思わせるレベルまで持っていきたいと考えています。
―お仕事をされる中で、特に大切にされているこだわりはありますか?
平野 ゴールを「依頼してくださるお客様の満足」ではなく、「お客様の『お客様』の満足」に設定することです。 そこをゴールにすることで、結果的に「すごく評判が良いんです」とリピートに繋がります。空間のパフォーマンスを上げ、一目惚れさせることで、一度来た人をまた呼び戻す。植物にはその効果があると思っています。
また、フローリストとして素敵な作品を作るのは当たり前です。その上で、言語化が難しいお客様の意思をどこまで提案書に落とし込めるか、そこが私たちの提供する価値だと思っています。
―もう一点、空間演出において意識されていることはありますか?
平野 人を運ぶ空間を作るために、「光」と「風」を感じさせることを大切にしています。建物の中であっても自然を感じられるよう、なるべく光を通す素材を多く入れるようにしています。
例えば、シダやアスパラガスのような葉の細かい、透ける素材を組み合わせて、中にライトを入れると光ってくれるんです。そうすると葉の影ができ、立体感が生まれます。壁や床に様々なマテリアルの影が落ち、光が演出されることで相乗効果が生まれます。リアルに見えるかというよりも、ディスプレイの中で「アート作品」として成立しつつ、光と自然と風を感じられる。そうすることで、人が豊かさを感じてくれるのではないかと思っています。
―光を透した時の影や、風が通る感じが豊かさを生むのですね。そうした手法はご自身で編み出されたのですか?
平野 誰かに習ったわけではないので、自分で気づいていったのだと思います。私は光と影が好きなんです。室内であれば照明は使い放題ですから、どんな色で、どの照度で当てると可愛いのか、現場で試しながら研究しています。
建築素材との調和、そして「選ばれる」存在へ
Tiffa名駅前店:
ロッカー上のフラワーディスプレイ。ステンレスポールを真鍮色で焼き付け塗装しました。
平野 基本的に内装がすべて終わった後に植栽が入ることが多いのですが、デザイン段階から携わらせていただく時は壁の色についても相談します。 簡単に言うと、壁の色と植栽の色を反対色にすれば植栽が目立ちますし、同系色にすれば空間に馴染みます。最近は、馴染ませる方が「ハイセンス」だと思われる傾向があるように感じます。 私が使う植物はベージュや少しくすんだカラーが入っているものが多いので、壁がグレーだったりナチュラルな色だったりする場合、それに合わせて同系色でまとめると、空間のパフォーマンスが上がると実感しています。
―確かに、派手ではないけれど全体がおしゃれにまとまっている空間は、同系色が多い気がします。
平野 植物自体も、緑だけでなく白やグレーなど様々な色があります。それがただ付いているだけでなく、照明で影を演出するだけで「センスの良い会社」という印象を与えられたりします。そういった手法はもっと取り入れていきたいですね。
―これまで手掛けられた中で、特に印象に残っているお仕事はありますか?
平野 2つあります。1つ目は、一番最初にディスプレイをさせていただいた美容室のお客様(Shalu様)です。最初は小さなご依頼だったのが、リピートしていただき、5年後くらいに広い新店舗をオープンされた際に「もう平野プロデュースで」と、すべて任せていただいたんです。
「どういう植物がいいか分からないけど、とりあえず任せます」と言っていただけた時、私自身の成長も感じましたし、お客様と一緒に育てていただいた感覚になりました。実際に口コミサイトでも「どのアーティストが作ったものなのかしら」と書かれているのを見て、やりたかったことが伝わったんだなと納得できました。
もう1つは、渋谷の109前で行われたクリスマスの装飾イベントです。深夜作業でスケジュールもタイトでしたが、多くの人が行き交う場所で植物を見てもらえて、「素敵」「可愛い」と言って写真を撮ってくださる姿を見られたのは嬉しかったですね。植物が人前に出る機会をたくさん作れるようになりたいと改めて思いました。
建築の「選択肢」に植物を。女性が活躍できる組織づくり
平野 まずは、内装工事の段階で「植物」が当たり前の選択肢に入るようにしたいです。現在は、壁紙やタイルのように最初から組み込まれるケースはまだ少なく、最後の「美装」の段階、あるいはインテリアの一部として扱われることが多いです。
しかし、空間のパフォーマンスを上げるためには、植物のプロが内装の段階から入り、「ここの壁はクロスにするか、タイルか、それとも壁面緑化にするか」と、肩を並べて選ばれるようになるべきだと思っています。一度入れていただいたお客様からは「次は入れないという選択肢はない」と言っていただけます。最後の仕上げに植物屋さんが入る、という世の中を作っていきたいですね。
―建築のプロセスに植物が組み込まれることで、空間の価値がさらに高まりそうですね。
平野 そうですね。オフィスであれば「緑視率」が注目されていますし、マンションのエントランスに緑化があればブランド価値が上がります。店舗であれば世界観作りに役立ちます。植物が効果を出すことはデータでも示されていますから、それを伝えていきたいです。 また、現在スタッフが「IROHA D'ECOR」や「Misel Plants Tokyo」という事業で、目立つ車に花を積んで街に出る活動をしているのですが、小さなお子様からお年寄りまで植物に触れる機会、露出を増やしていくことも大事だと思っています。
―最後に、組織づくりについてもお聞かせください。現在は女性スタッフのみで運営されているそうですね。
平野 はい、私を含めて7名のスタッフ全員が女性です。 花業界も人手不足などの課題がありますが、特に女性は出産や育児で働く時間に制約が出ることが多いです。私自身も子供がいますし、急な病気や「迷惑をかけたくないけど休むしかない」という悩みは痛いほど分かります。ですから、時短勤務や週2日勤務など、それぞれが抱える事情に合わせて働ける環境を作っています。
私が起業時に目指した「変化に強い会社」というのは、こうした女性のライフステージの変化にも強い会社であるべきだと思っています。女性ならではの感性や、すっと意図を汲み取ってくれるコミュニケーション能力は、今の仕事において大きな強みになっています。
一方で、植物の仕事でバリバリキャリアを積んでいきたいというスタッフもいます。そんなやる気のあるスタッフにとっては目の前の上司が仕事の基準になると思っています。
私自身がパワーを持って挑戦し、その背中を見せることで、スタッフ一人一人が挑戦し少しづつ成功体験を積んでほしいと思っています。
―本日は貴重なお話をありがとうございました。建築と植物、そして女性の働き方という視点まで、多くの気づきをいただきました。
取材後記
建材ナビ インタビュアー・ライター 荒川 ゆうこ
「植物は空間のパフォーマンスを上げる存在」という視点がとても印象的でした。
中でも、美容室との出会いをきっかけに“外”から“中”へと仕事が広がっていくエピソードは、平野さんらしい直感と感性、そして誠実な姿勢がにじみ出ていると感じました。
「植物は最後に足すもの」ではなく、「建材のひとつとして空間設計の初期から選ばれる存在へ」という平野さんのビジョンは、これからの建築・インテリアの新しい潮流を予感させます。
お知らせ
新商品”TSUBOMI”リリース
その土地に根付き、香りの記憶が残る空間となりますように…
そんな願いを込めたプランツディフューザーが発売開始になりました。
店舗の空間装飾を多数手がけてきた経験を生かして平野つぼみが制作しているオリジナルの一点ものです。
ご自宅のインテリアとしてはもちろん、店舗のお祝い花としてもおすすめです。
建築が直面する新たなフェーズに挑戦する女性たち
「建材ナビジャーナル」特集記事
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平野 つぼみ | Tsubomi Hirano
空間装飾クリエイターとして、ヘアサロンを中心とした店舗のフラワー装飾やオフィスグリーン装飾、各種イベントの装花を担当。「空間デザインで顧客体験を最大化すること」をテーマに植栽を用いた居心地のいい空間・一目惚れする空間を提案している。
株式会社ローズガーデンカンパニー
神奈川県横浜市都筑区早渕1-35-2
