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  • 掲載:2026年08月07日 更新:2026年08月07日

表層に厚みと人の居場所をつくる―建築家・田代夢々が語る、家と街の境界を溶かすリノベーション
田代夢々建築設計事務所 Ateliers Mumu Tashiro 代表 田代夢々

田代夢々氏
リノベーションは、単なる「修繕」や「インテリアの改修」に留まりません。U-35 Architects exhibition 2025でゴールドメダルを受賞した田代夢々氏は、既存の建物が持つ制限を逆手に取り、街と建物の境界線である「開口部」や「建具」に新しい価値を見出しています。
自身の原点となった自邸のビル、そして父が営む荻窪のバーの再生。さらには大阪・関西万博のトイレ設計や、自然豊かな北軽井沢でのプロジェクトまで。
フランス留学での経験や恩師・中村好文氏との出会いを経て、彼女が目指す「人間的な家」のあり方、そして建材一つ一つに宿るストーリーを読み解く設計手法について、じっくりとお話を伺いました。

Guest

田代夢々建築設計事務所 Ateliers Mumu Tashiro 代表

田代 夢々 | Tashiro Mumu

一級建築士
1995年東京都生まれ。
2017年早稲田大学創造理工学部建築学科卒業。
パリ・ラ・ヴィレット建築大学およびAntonini Darmon Architects Parisを経て、2020年早稲田大学理工学術院創造理工学研究科建築学専攻(古谷誠章研究室)修了。
2019-22年レミングハウスにて中村好文氏に師事。
2022年Ateliers Mumu Tashiro設立。

田代夢々建築設計事務所
東京都杉並区荻窪4-12-13

  • Instagram

荻窪のバーに込めた「空間的な奥行き」と父との対話

荻窪Barと田代夢々氏

荻窪Bar
印象的な「青い扉」とベンチ、特殊なガラスを設けることで、家と街の境界を溶かし、通りがかる人も座れる開かれた場へと転換。開口部という小さな空間に奥行きを創出している。

―荻窪のバーの「青い扉」について、特に苦労した事や、デザインするうえで心がけたポイントなどはありましたか。

田代  最終的にこの設計でやりたかったことは、開口部や建具という、建築的な小さなスペースの中で、いかに空間的な奥行き(長さ)を出せるかということでした 。それが結果的に提案の特徴になったのですが、最初はそれが「障壁」でもありました。というのも、私の父のこだわりが非常に強く、中を全然いじらせてくれなかったのです。

「外はちゃんとしたいけれど、中は自分がDIYで整えた配置があるからいじらないでほしい。地元の常連さんが多く、雰囲気がガラッと変わるとお客さんが離れてしまう。それは求めていない」と言われまして… 。
あと、なるべく休業時間を長くしたくないという要望もあり、施工中もオープンしていました。未塗装の状態で営業したりもしたのですが、そういうプロセスもお客さんに楽しんでもらえるように工夫しました。私としてはどうしたものかと苦労した点ではありますが、結果的にそれがこのプロジェクトの個性になったと思っています 。


「修繕」を超え、新しい価値を付加する視点

荻窪Bar

―これまでの「修繕としてのリノベーション」から脱却し、今後どのような新しい価値や視点が必要になるとお考えでしょうか。

田代  すごく良いご質問ですね。修繕としてのリノベーションは、建物の表層的な部分を更新することだと思います。それが修繕を超えていくために必要なのは、表層にとどまらない「中身」の部分をどう更新するか。つまり、建物がもともと持っていた価値を超え、プラスアルファの新しい価値をどれだけ増やせるかだと思います。

バーのリノベーションでもそれを意識しました。元々はガレージシャッターのような状態で、周囲で人の活動が起こることはありませんでした。そこに「青色」というアイデンティティを与え、特殊なガラスで見える場所や光を感じる場所を作り、ベンチを設ける。
そうすることで、通りがかった人が座ってみたり、中を覗いてみたりといった活動が生まれる。バーの内部だけでなく外側の街にも新しい価値を作り、家と街をつなぐ役割を扉が果たす。元の建物の文脈を継承しつつ、どう新しい意味付けをするかが重要だと考えています 。


「人間的な家」—家と街の境界を溶かす提案

人間的な家<br>U-35 Architects exhibition 2025 金賞受賞作

人間的な家
U-35 Architects exhibition 2025 金賞受賞作。開口部に物理的な「厚み」と「中身」を持たせて人の居場所を創出。家の中から人々の振る舞いや生活が溢れ出し、街との境界を再定義する野心的な提案である。

―U-35 Architects exhibition 2025でのゴールドメダル受賞作に込めた思いや、また次に目指すプロジェクトについても教えてください。

田代  バーで考えていたことの延長線上にあります。建築家を目指すきっかけとなったこのビルでやりたいこと、そして扉で考えていた「表層としての建具だけれど、そこに厚みと中身がある」という概念を込めて、「小屋のような建具、人の居場所がある建具」という言葉を使いました 。物理的な奥行きを与え、開口部に人間の居場所を作る。それによって人間の活動が家と街の境界を変えていく。「人間的な家」というタイトルで発表したのですが、家から人々の振る舞いや生活が渾然一体となって溢れ出してくるような、そんな家のあり方を考えたいと思っています。

次のプロジェクトとして、北軽井沢での二棟の山荘のリノベーションに取り組んでいます 。ここは都市空間とは違い、自然環境が非常に豊かです。季節の変化、移ろいやすい天候、その土地ならではの植物。そういったものすべてを含んだ「有機的な家」へのリノベーションを提案しているところです。


リノベーションだからこそ生み出せる「深み」と「対話」

田代夢々氏

―リフォーム・リノベーションの需要が増える中で、設計者として大切にされていることは何でしょうか。

田代  新築は自分の好きなように、ある意味で恣意的に形を作る事が可能ですが、リノベーションには制約があります。でも、その制約があるからこそ生まれる「深み」があると思うのです 。自分の設計物の「新しさ」を見せるのではなく、それがそこにあることによって生まれる「新しさ」。どれだけ周りの状況を読み取り、一つのデザインが周囲にどれだけ影響を与えられるか。それがリノベーションの醍醐味です。

また、リノベーションだからこそ、誰が見ても「確実に変わった」とわかる視覚的なインパクトも大事にしています。守りに入らず、変化を恐れないことも大切だと考えています。


万博のトイレ設計で考えた「公共性と選択肢」

大阪・関西万博トイレ8
photo ©Shingo Saito Architects + Ateliers Mumu Tashiro

大阪・関西万博トイレ8
正面のない円形状の敷地に男女とオールジェンダーのゾーンを等価に配置することで、誰もが自然に選択肢を持てる公共空間を目指した。安心感と使いやすさを追求した「公共性と選択肢」の形。

―大阪・関西万博という特殊な環境下で、トイレの設計をされる際に重視したことは何でしたか。

田代  「万博におけるトイレ」そのものをコンセプトに据えました。老若男女、多国籍の人が一堂に会する場所で、ジェンダーギャップを抱える人にとっても使いやすいあり方は何かを追求しました 。具体的には、正面のない円形状の敷地に男性ゾーン、女性ゾーン、そしてその間に「オールジェンダーゾーン」を等価に配置しました。「オールジェンダーに入ります」という構えを感じさせず、自然に選択肢がある状態を目指したのです。

実際、利用者数ランキングで「2億円トイレ」に次いで2位にランクインしたと聞き、立地の良さもありましたが、「使いやすい」「安心感がある」という声をいただけたのは非常に励みになりました。


photo ©Shingo Saito Architects + Ateliers Mumu Tashiro

フランスでの経験と、建築家としての「夢」

田代夢々氏

―フランス・パリへの留学経験についても伺いたいのですが、向こうでの学びは今の活動にどう影響していますか?

田代  パリの大学で舞台芸術を学び、その後設計事務所でインターンをしました。フランスは都市景観を非常に大事にしており、一者の独断ではなく、専門家たちが調停しながらデザインを決めていく仕組みが整っていました。

また、インターン先の女性ボスの働き方にも感銘を受けました。子育てで忙しく、夕方のわずかな時間しか事務所にいないのですが、スタッフたちが彼女の意見を求めて一斉に集まる。その凛とした姿に、女性建築家としての憧れを抱きました。

実は、留学中にベネチアで中村好文先生(元ボス)と偶然お会いしたことが、建築家として独立する決定的なきっかけになりました。フランスに行っていなければ、建築家という職業にこれほどリアリティを感じていなかったかもしれません 。


建材に宿る歴史に新しいストーリーを加える

荻窪Bar

―今、注目している、または魅力を感じている建材はありますか?

田代  「ストーリーのある建材」に注目しています。例えば、バーの扉に使っているライトグリーンの南京錠用の金物。メーカーの「ストロング金属」さんに、理由を尋ねたら、昔の日本の工場の鉄骨にはこの色が多かったからだ、とベテラン社員の方が教えてくれました。お洒落だからという理由を超えた、産業を支えてきた歴史や理屈がある。そういった背景を持つ建材に、今の私たちの活動が加わることで新しい意味が与えられていく。そんな物語を語れるメーカーさんや建材を、これからも大切にしていきたいですね 。



取材

建材ナビ広報担当 秋葉 早紀(二級建築士)
荻窪の街を歩いていて、思わずハッとさせられるバーがあります。
今回の取材で心に残ったのは、「お店の中だけで完結させない」という空間づくりの考え方です。
荻窪Barでは、光を通す特殊なガラスや、ふっと腰掛けたくなる小さなベンチ。それらはすべて、「通りがかった人が思わず足を止めてしまう」「中をのぞいてみたくなる」そんな自然な会話や出会いを生み出すための工夫なのだそう。
家と街をつなぐ役割を扉が果たし、今では街と人をゆるやかにつなぐ温かな入り口になっています。もともとそこにあった建物のストーリーを大切にしながら、今の街に新しい意味を付け加えていくお考えが凄く素敵なことだと感じました。
リノベーションの持つ可能性について改めて考えさせられ、今後どのような価値が生まれていくのか、今後のご活躍にも注目したいと思います。

集合写真



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田代夢々建築設計事務所
Ateliers Mumu Tashiro 代表

田代 夢々 | Tashiro Mumu

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パリ・ラ・ヴィレット建築大学およびAntonini Darmon Architects Parisを経て、2020年早稲田大学理工学術院創造理工学研究科建築学専攻(古谷誠章研究室)修了。
2019-22年レミングハウスにて中村好文氏に師事。
2022年Ateliers Mumu Tashiro設立。

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東京都杉並区荻窪4-12-13

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