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  • 掲載:2024年01月01日 更新:2024年01月01日SPECIAL INTERVIEW

成功のカギは「仕事への当事者意識と周囲を巻き込む力」

篠原聡子

建築デザインが示す、新たな視点「ジェンダーキャンセル」

一人ひとりの未知なる可能性を引き出し、知性と個性に磨きをかけ、自分らしく生きるための一歩を踏み出す力を養う。120年以上にわたり、日本における女子高等教育をリードしてきた日本女子大の教育理念を、建築デザインという分野で自ら実践、結実し、次世代へと繋ぐ篠原学長の熱い思いを伺いました。

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篠原 聡子 | Satoko Shionohara

千葉県生まれ。日本女子大学家政学部住居学科卒業後、同大学大学院修士課程修了。香山アトリエを経て、空間研究所主宰。1997年から日本女子大学で教鞭を執り、現在、日本女子大学家政学部住居学科教授、2020年より同大学学長。文理融合の学びを提供する女子総合大学として、学部学科再編を伴う「大学改革」を推進する。


住宅という概念を破り、より広い領域で考える

秋葉 2024年4月から建築デザイン学部が日本女子大に開設されますが、開設のプロセスなどについてぜひお話をお聞かせください。

篠原学長 本学は、家政学部の中に、住居、児童、食物、被服、家政経済といった様々な学科があり、122年前の創立の頃より文理融合の学びを提供してきました。
当時より理系的な要素から芸術的な要素まで色々なものが家政学の中に内包されており、「女に学問をつけてどうするんだ」という明治の時代において、いや、女性が学問をやることは家族を大切にし、家を守るということに貢献するのだと男性たちを説得する大義名分を創立者の「成瀬仁蔵」が作ったのではないかとさえ思います。 さらに、成瀬は医学部も作る構想を持ち、今の住居学科へつながる工学的理学的な要素を入れるなど家政学部は常に進化を遂げてきました。そして、30年前に理学部は家政学部の中から独立しています。
来年はいよいよ建築デザイン学部ができますが、家政学部の中で、より専門性を高めるためのリコンストラクションに至ったわけです。 これまで住居学科は非常に多くの建築家を育ててきました。

ただ、家政学部住居学科というものがその名前が故に、ある一つの括りの中で見られてしまうのは、少し残念だなと思うこともありました。建築デザイン学部では家政学部の住居学科として大切にしてきたヒューマンスケールやアイレベルといった、実物大の感覚というものを持続しながら、より広い領域で活躍するイメージを持ってほしいのです。実際にカリキュラムにはグローバルな要素や、コンピュテーションのデザイナーのアドバイスを採り入れたり、デザイン系の先生を補強するなど、住居学科としても取り組んできました。加えて、元来の住居という殻を破り、住む生活環境、居住環境というものをもう少し広い領域で考えるべきだろうという思いもあります。

杏彩館(きょうさいかん)
曲線的なソファーで個々のスペースを確保し、友人との対話を楽しんだり、一人で静かに過ごしたり、自由に利用することができる。ミーティングスペースには、プロジェクターを配備し、ミニイベントの開催も可能。軒下のスペースには、キッチンカーなどの乗り入れもできる。

日本の「建築デザイン」が誇るソフトの力

秋葉 日本人はもちろん、建築デザインを学びたいという海外の学生さんも増えていると伺いましたが。

篠原学長 日本に留学したい学生は、かつての高度経済成長の時代とはまた違った人達が希望しているようです。例えば、文化やデザインなどを日本の成熟した環境の中で学びたいという人も多く、建築デザインという領域は、日本が世界に誇れる領域なのではないかなと思っています。生きていくためのフィジカルの環境に、もう少しソフトなものを混ぜて豊かなものにするというところに、今の日本の先進性があり、それを代表するのがまさに建築デザインなのではないかなと思います。

秋葉 日本女子大での教育を通して、学生さんに最も学んで欲しいことは。

篠原学長 建築家も含めデザイナーを育てたいと思っています。デザイナーというのは、様々な状況に対してオーナーシップ、つまり当事者意識を持てる人だと思っています。自分が与えられた環境の中で、受け身になるのではなく、自分が関わることでそれを変えられる、より良くする、楽しくする、豊かにするということを考える力やイメージできる力を身につけてほしいと思います。

百二十年館
設計は、日本女子大学卒業生で世界的に活躍している著名な建築家の妹島和世氏。創立百二十周年記念事業の一環として、2021 年 2 月に竣工。1 階・地下1 階は、大中小の合計 23 の教室と JWU ラーニング・コモンズかえで、2・3 階は、教育学科を除く人間社会学部の研究室がある。地下のパティオは、学生の 憩いの場であり、また学生の発表の場としてのイベントスペースとなっている(杏彩館、図書館も妹島氏の設計)


秋葉 今回開設される建築デザイン学部では、特に力を入れたい、充実させたいとするカリキュラムやプログラムはございますか。

篠原学長 そうですね、設計スタジオに関してさらにメンバーを補強しながら充実させるということですね。そして、海外に出ていくプログラム、それも単に海外における建築を見学するツアーではなく、海外の学生と協働して取り組むプログラムを充実させたいですね。本学では建築総合演習と呼んでいますが、つまりグローバルデザインスタジオというべきものを構築するためにはやはり、語学教育や建築英語という科目も必要になります。これからは、海外の仕事をすることがある意味必須な時代になりますから、教養として語学を習得するというよりは、海外の人とのコラボレーションのための語学力を身に付けることで相手に対する理解を深めつつ、コミュニケーション能力を磨いて行ければよいと思います。 語学は教養科目でも学びますが、やはり建築の話が英語でできないと駄目なので、建築英語という科目を作り、建築業界におけるテクニカルな表現も身につけてもらおうと思っています。

建築総合演習の授業
建築デザイン学部のコンセプトは、「建築でかなえられることのすべてを。」
伝統ある家政学部住居学科の教育、「利用者や居住者の立場から考える」を拠り所にして、住居・建築・都市など、住生活を包含する「環境」を様々な視点から理解し、デザインできる専門性の高い人材の育成を目指す。


建築デザインが示す、新たな視点「ジェンダーキャンセル」とは

秋葉 建築界での女性進出につれ、女性目線、ジェンダーなどのキーワードについてどのように対応されていますか。

篠原学長 最近の女子大学への逆風というか、なかなか厳しい中でも女子大というのはやはり強いキャラクターだと私は思っています。女子大生は4年間をジェンダーフリーな環境の中で伸び伸び学べますから、当事者意識もあり、どんな立場であっても、その事態に前向きに取り組める、自分事として取り組める、という姿勢が身に付くと思います。
私はシェアハウスや集合住宅などを多く手掛けていますが、ジェンダーイノベーションの話が良く出てきます。例えばキッチンにおける寸法なども、家事の中でのルーティンワークとして、女性目線で作られてきたと思うのです。 シェアハウスが面白いのは、そこのキッチンは女性だけでなく色々な人が使う、一度に何人も使う場合もある、ということは今まで女性目線一辺倒と刷り込まれたジェンダーという問題から男女の区別を取り払う、いわゆるジェンダーキャンセルの役割を持っていたということではないかと思います。 今は、家庭科も男女共修になり、男の人たちも普通に台所に立つし、家事もやります。職場でも「育休をとれ」と言われていますし、だいぶ昔とは変わってきたと思います。女性が仕事を続けて行く上で、結婚や出産、育児、加えて親の介護などにも対処する必要が出てきます。これは自分だけの責務だと思わなくていいと思います。皆を巻き込んだらいいし、家族を巻き込んだらいい。建築に限らず、仕事を続けて、家庭も両立させるといった時には周りの人にも当事者意識を持たせ、巻き込む力が必要ですね。
デザイナーに限ったことではありませんが、女性はインタラクティブというか、双方向な関係を色々な場面で作れないと、仕事と家事の両立は難しいかもしれません。

秋葉 今後、建築業界で女性が活躍する心構えなどについてお教えください。

篠原学長 女子大の教員は半分以上女性という逆転現象の世界で生きてきたので、何とも言えませんが、やはりゼネコンなどで管理職全員が男性というのは少し変だと感じますね。そんな時それは変だと口に出して言うことも大事だと思いますよ。日本の大抵の女性は、自分から引いてしまうというか、分をわきまえてしまう感じがするので、皆がもう少し対等な関係で生きて行くためにどうしたらよいかということを考えなければいけないのです。そして、仕事に対するオーナーシップを持つことと、他人を巻き込む力を蓄えることの2つを実行することです。建築も一人で解決できることはほぼありません。私たちは建築の意匠をやっていますが、意匠だけで設計は終わりではなく、設備があり、構造があり、それがまとまった後で施工会社があり、現場でのやりとりがあって、というコラボレーションのフローがあるわけです。建築では特に巻き込む力を養うことが大切になります。

秋葉 篠原先生が建築家としてお持ちの信条やエピソードなどをお聞かせください。

篠原学長 私にとって何のために建築を作るかといえば、同じ家族の中でも異なる価値観やジェネレーションのギャップがある人々が建築を共有し、共に住めるスペースを提供するためではないかと考えています。共有する場所をデザインでコントロールするのが建築ではないかと、ずっと思っていました。
私は若い頃にはずっとワンルームマンションの設計をしており、その内それが次第にデザイナーズマンションと呼ばれるようなスタイルに変わって行き、クライアントであるオーナーさんは個人住宅の場合と違い、きれいに格好よく作ってあれば、利回りもいいし文句も出ません。それと同時に、そこに住む単身者の暮らしの様子、人との出会い方、生活圏の範囲などの調査を始めたのですが、特に実りのある調査結果も得られないなと思っていたころに、「シェアハウス」というものが出てきたので、その調査を始めたところ、これは面白いということになりました。異なる属性の人が、一緒に気持ちよく共存していくために、建築はどうあるべきなのか、どう調整して、どうエンカレッジしていくことができるのかというのが、私にとってずっと一貫したテーマになっています。人と人との間を調整するのが建築の役割かなとも思います。

図書館
図書館は地上4階・地下1階建てで2階が入り口となり、日本女子大学図書館の特徴である「全開架式」を継承し、利用者は全ての書架に直接アプローチできる。館内はスロープや吹き抜けがある構成で、お気に入りの場所で資料を広げて学習や研究ができる。


努力する人にのみ神はささやく

秋葉 これから建築デザインを学ぶ学生さん達へのメッセージがあれば。

篠原学長 やはり学生は一人ひとり違います。何も言わなくてもどんどん気付いて積み上げていけるタイプ、立ち止まってじっくり考えるタイプ、色々な学生がいるので、それぞれの何か特性を見出して、良さを発見していかないといけません。毎年新しい学生が入って来ますから、ルーティンと捉えず、面白いと思っているので教員を続けられているのかもしれませんね。
学生には、やはり何事にも好奇心を持って欲しいと思います。 好奇心が、クリエーション、想像力に繋がっていくためには、やっぱり我慢して覚えたり、習得する期間が必要です。 建築は大学に入ってから初めて学ぶものなので、よく言うのですが「あいうえお」が書けなければ言葉は書けないし、言葉を覚え、文法を覚えなければ文書は作れない。だから、「何かこれ面白いんじゃない」という自分の好奇心を創造に繋げていくための忍耐も必要だということを忘れないでほしいですね。建築のデザインを始めると、サラサラとすぐ綺麗な絵が描ける子とそうでない子が必ずいますが、努力しない人に神様は何もささやきませんよといつも言っています。元々センスがあって何か綺麗なものができるという人は、そこそこはいくのですが、最終的に建築として何か意味あるものを作るとすれば、それはやはり努力と経験から生まれるひらめきが必要です。ひらめく柔らかい感性と努力を諦めないタフネスを持ち続けてほしいなと思います。
また、これからは建築を学ぶ人が単に図面を引くだけではなく、街づくりや人々が集まる居場所づくりなど多岐に渡る場所づくりに貢献し、その場所を運営することでデザインの領域をどんどん広げて行ってほしいですね。

秋葉 これから建築デザインを学ぶ女子学生さん達が、人と人のつながりや心地よい居場所づくりに大いに興味を持って学習に取り組んでいただけたら、文字通りに「住みよい社会」の構築に貢献してくれることでしょう。本日は、大変興味深いお話をお伺いすることができました。心より感謝申し上げます。

Column
篠原学長主宰「空間研究所」のシェアハウスデザイン

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一般的に、プライベートな空間となるマンションのテラスが、階段によって連続することで、コモンスペースへと変わる。それが、建物の顔ともなり、ただの避難階段を超えた、住人のための立体的な庭となる。

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鉄骨造の大きな箱の中に、4つの小さな箱が入り込んだようなつくりを持つ。大きな箱はテント膜によって、近隣から隔てられ、視界は遮りながらも、柔らかな光が内部に差し込む。それぞれの箱の間には、大小の空隙が設けられ、その間を空気や音が通り抜けたり、ものが置かれるスペースとして使用されたりする。

~取材後記~

建築業界での女性の活躍が増えているなかで、日本女子大学生の活動や将来の活躍に注目したいです。働く女性として、仕事に対する考え方や目指しているものに、とても感銘を受けました。

取材:秋葉 早紀 建材ナビ広報担当

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篠原 聡子|Satoko Shinohara

千葉県生まれ。日本女子大学家政学部住居学科卒業後、同大学大学院修士課程修了。香山アトリエを経て、空間研究所主宰。1997年から日本女子大学で教鞭を執り、現在、日本女子大学家政学部住居学科教授、2020年より同大学学長。文理融合の学びを提供する女子総合大学として、学部学科再編を伴う「大学改革」を推進する。

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