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  • 掲載:2022年06月01日 更新:2022年06月01日

家づくりとは、建物の完成がクランクアップではありません。「しあわせな未来」へ向けてのプロローグにすぎないのです。

木原 圭崇
木原圭崇建築設計事務所
木原 圭崇(YOSHITAKA KIHARA)
建築家/一級建築士
東京都渋谷区
<経歴>
1982年 石川県七尾市生まれ
2000年 石川県立七尾高校卒
2004年 日本大学理工学部建築学科卒
2007年〜今村雅樹アーキテクツ(有)
2013年〜4FA一級建築士事務所共同主宰
2017年〜木原圭崇建築設計事務所設立

<主な受賞歴>
日経アーキテクチュアコンペ最優秀賞
第一回立原道造賞
ユニオン造形入賞
日本建築学会作品選集
日本建築家協会優秀作品選秀作品選他


「程好い余白」という「未来への楽しみ」を家づくりの中に。

 家をはじめ建物の用途を問わず、常々「程好い余白」をつくることを意識しています。その「余白」とは、予備室のようなスペース的余白というよりは、nLDKの概念に囚われない「程好い遊びの空間」であったり、現状では予算的に実現できないものの将来的な実現に向けての「程好い下準備」であったり。
その「余白」によってより良い心地好さや、これから長い間その建物と寄り添っていく上での楽しみ(未来へ向けた楽しい宿題)といったものを、程好く落とし込むことを意識しています。

 当然ながらそこには(施主が要求する)スペース的な制約や予算の制約があったりしますが、それらの要求を一度溶かして(解体して)、目の前のこと・将来的なこと等を一体的に大きく俯瞰(マクロな視点)してみたり、細部を見つめ直して(ミクロな視点)みたりを繰り返しながら、そこに眠っている「程好い余白」を見つける作業を行います。その作業は、「課題を解く」というよりは、設計者としては積極的にそれらを探すスタンスを取ります。ただ、それが押し付けがましいものにならないよう、その行為自体の「程好さ」にも細心の注意を払います。

実際の例として、

・ 住宅において、寝室や各子供室を(機能的に確保しつつ)少しずつ小さくして、余ったスペースで屋根付きの庭(砂遊び場、カフェテラスや将来的には子供部屋にも)をつくる

・ 平屋住宅の大きな(段々)屋根を、将来的には、家庭菜園にできる部分、BBQテラスにできる部分等、用途ごとに対応可能な構造計画、設備計画といった下準備をしておく

・ 大きさが決まっているマンションのリノベーションにおいて、スペースは取られてしまうものの、和室の手前に(設備スペースを兼ねた)細長い「通り庭」を設けて、旅館の離れのようなアプローチ空間をつくる


等。要望をそのまま解くだけでなく、何かしら使い手の心がより豊かになっていくような「程好い余白」探しを自身の課題の一つとして設計に向き合っています。




クリニックという人が集まる場所だからこそ、クリニックらしくしない意識で設計しています。

 クリニックの設計においては、(規模も用途も異なる病院も含め)「パプリック」と「クリニック(病院)らしくない」ということを意識しながら設計します。 どちらも、高度な専門性が求められる医療の場からは少しかけ離れた命題にも思えますが、クリニック(病院)には公共の施設以上に毎日「人が集まる」という実状があることやそこを訪れる患者は何かしら心身の悩みを抱えていることから、それらを意識して設計することに大きな意義を感じています。

 「パプリック」については、立地・規模・何を専門とした医療機関かによってその考え方は千差万別ですが、プライベート(最も重要な医療スペース)に対して、待合ラウンジ等の可変的利用(街のリビング、音楽イベント、マルシェ等)/託児所やカフェの併設/トリアージ等のパブリック機能を+αさせることで、周辺地域との関係性や存在意義を見つめ直し、患者やスタッフ、ひいては地域住民にとってのより良いクリニック(病院)環境を創出することを心掛けています。
 「クリニック(病院)らしくない」については、クリニック(病院)のいわゆるアイコン的な(暗い、沈んだ、つまらない等の)空間からの脱却はもちろんのこと、これまでの設計事例を含め「美術館のような…」「自宅のリビングのような、縁側のような…」といったテーマを掲げながら、色彩計画・材料選定や備品(家具や小物)の細部にまで気を配って設計しています。

 今日では予約システム等の発達で、多少は滞在時間の短縮が出来ていますが、それでもそれなりの時間を過ごすことになる実情より、利用者の皆さんがいかに快適な時間を過ごせるかが常に大きな課題です。




家の「正解」というものはいつの時でも100%のものは存在しない。

 一般ユーザーさんにとっての家づくりは、人生において何度も経験できるものではなく、また、これ以上ない高価な買い物になります。故に、皆さん「思い(要望)をたくさん準備されて、その一つ一つが叶う・叶わないで一喜一憂されます。特に、叶わない要望があるときにはその落胆は喜びの比ではなかったりしますが、その「思い(要望)」というものは一過性のものであったりすることも多く、また、これから長く付き合っていく家の「正解」というものはいつの時でも100%のものは存在しないと考えます。

 家づくりとその後の暮らしを一つのストーリーとするならば、住まい手はその主役であり、設計者はその作家であったり、裏方であったり。それは終わりのない、そして、台本のない映画やドラマをつくるような感覚なのかもしれません。ただ、家が完成する瞬間は必ずあるわけですが、それは決してクランクアップのときではないのです。そこまでに憂うことが多くあっても、それはこれからの喜びのためのプロローグにすぎません。誰かが強く舵取りをするわけではなく、常々、キャスト・スタッフ全員でのより良いものを目指しての「ものづくり」なのだと思います。

 良い設計者・施工者に巡り合うことも重要なことではありますが、私は、家づくりに向き合う皆が一つの終わりのない壮大なストーリーのキャスト・スタッフとして、どんなときでも「楽しみ合える」心構えが大切なのではないかと思います。




メカニカルなものに依る昨今だからこそ、「プリミティブ」な建物の存在が大切だと考えています。

 スマートハウス、ZEH、SDGs等様々な指標が掲げられる昨今、住宅や建物はより良い環境を求め、メカニカルなものへの依存が顕著になってきました。それは正しい答えの一つである一方、それに相反して「プリミティブ」なものへの欲求もより大切になってくると思います。

 「人」の長い長い歴史において、建築の加速的な発展はまだまだ瞬間的なものであり、我々に脈々と受け継がれてきた「記憶」にはまだまだプリミティブなものが強く根付いています。光や風、土や草花の匂い、木の温かみや雨雪が生み出す情緒。それら自然のものが持つ魅力はこれからも色褪せることはありません。快適さを求めるが故にそれら自然の産物がどんどん疎外されていく中で、その対極としての「プリミティブ」な住宅や建物の存在も大切にしていきたいと考えます。それは今日の住宅や建物へのアンチテーゼではなく、わたしたちが本当に「心豊かに」感じる住宅や建物とは何か、、、その答えの一つであり、自然と社会の発展がうまく共存していくための大切な「記憶」だと思います。

 私自身も、生家で体感した土間に差し込む美しい光、縁側から通り抜ける心地良い風、障子に映り込む木々の揺らぎや土壁の匂い等、それらの「記憶」と共に時代に合った真に「心豊かに」なれる住宅や建物づくりの対話を続けていきたいと思います。




モノに潜在する可能性を見つめ直すことこそ、より良いものを新しく生み出すための第一歩。

 メーカーさんには、建材の仕様や法的な対応等への熟知はさることながら、効率性や経済性が強く求められる中でも、提供する建材に潜在する「可能性」(=改善性や転用性等)について、我々設計者や施工者とのより深い「対話」を希望します。
 建材においては、実情として我々設計者や施工者が最も(その選定や使用に)密接に関係するわけですが、それら建材自体の「命」はメーカーさんの手に預けられています。売り上げが乏しい、時代に合わなくなってきた等、さまざまな事由でそれらの「命」が消えていくわけですが、、、その命を永らえることができないものかどうか、我々と共に知恵を絞りたいものです。
 法改正や技術の目まぐるしい進歩によって建材のリニューアルも加速しており、新しい製品を採用するには当然ながらよりコストがかかってしまいます。ユーザーさんも新しい製品を使いたがるものですが、実情としてはそれが難しいことが多いです。

 新しい製品が出てくる反面、これまでの主流だった製品がその影に隠れ、そして消え行く製品もある中で、それらのより良い使い道がないかどうか、、、やや性能は劣ってもコストがより安くなったり、長年使われてきた中での実証性といったメリットを活かし、日々それらに潜在する可能性をもう少し見つめ直したいと感じます。それは「新しいものを生み出す」ことからの後退ではなく、より良いものを新しく生み出すことへの一番の近道だと思いますので。




ARCHITECT
設計士インタビュー
シーズン毎で取材させて頂いている設計士へのインタビュー記事です。2007年秋にスタートして四半期毎に新しい記事の更新をしています。住宅、集合住宅、商業施設、公共施設など設計士の体験談をお楽しみください。
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