- 掲載:2025年04月21日 更新:2025年05月02日
「人材不足」「働き方改革」を構造的に捉え、解決策を模索し、建築業界のこれからを見据える 日事連会長 上野浩也 × 東京会会長 千鳥義典

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一般社団法人
日本建築士事務所協会連合会 会長
一般社団法人
京都府建築士事務所協会 会長
上野 浩也 | Ueno Hiroya
京都府伏見区生まれ。1984年3月摂南大学工学部建築学科卒業、同年4月株式会社石原工務店一級建築士事務所入社。1986年上野一級建築士事務所(現一級建築士事務所株式会社上野建築事務所)入所。京都会会長、日事連副会長等を歴任。2024年6月より第13代日事連会長に就任。
一般社団法人日本建築士事務所協会連合会
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03-3552-1281
一般社団法人東京都建築士事務所協会会長
千鳥 義典 | chidori yoshinori
東京都生まれ。横浜国立大学工学部建築学科卒業。同大学大学院修士課程修了。1980年株式会社日本設計入社。同代表取締役社長、会長を経て現在、同最高顧問。2021年に一般社団法人東京都建築士事務所協会副会長に就任後、2023年6月に同会長に就任。
一般社団法人東京都建築士事務所協会
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03-3203-2601
都心より地方で深刻な人手不足

秋葉 本日は、昨今の建築業界が抱える諸問題と、その解決の糸口を探る改善策などをお二人に伺ってまいりたいと思います。最近特に、建築業界における人手不足の問題がクローズアップされていますが、協会としては今後どのように取り組んでいかれるのでしょうか。
上野会長
人手不足というのは元をたどれば少子高齢化というところに起因していると思います。
ですからこれは、日本全体の問題という捉え方をしており、我々の業界だけの問題ではないと思っています。
それで日本全体の問題として捉えると、地域においても建築に限らず、例えば土木、ガス、水道などの生活インフラの維持をしていくために必要な技術者や作業員などの人材不足は深刻な問題になって来ると考えられます。
ですから、基本的に不足している人材を育成していく仕組みを早急に考えなくてはいけないのですが、問題が大き過ぎるため、一つの業界や協会で対処できることではないというのが現状ではないかと思っています。
特に地方へ行くと、協会も個人事務所の集合ですから、人材不足というよりは、材料費の高騰、人件費の高騰などで対価が見合わないことによる仕事不足という問題の方が切実になります。その上、昨今は我々の業界にもついにやって来た「働き方改革」という難問にも対処しなければならず(笑)……。例えば、最近僕がコンサル的にやった現場でも働き方改革の影響なのか、皆がのんびりとやっていて、クライアントの求める工期を3カ月延ばしてもまだ仕上がらない。
官公庁の仕事なら一定工期を見てくれるのでまだいいのですが、民間の場合ですとどうしても工期が限られるので、働き方改革のペースだと追いつかない、間に合わない、というのが現実です。設計にしても施工にしても、今の若者は汗をかいたり泥にまみれる仕事はしないというのが原則で、それならフリーターやフリーランスの方がよいという考えのようです。下世話な言い方ですが、僕の若い頃は個人の小さな事務所で、要は人が寝ている時、人が休んでいる時に働いた分が自分の余力になったものでしたが……。
千鳥会長
そうですね、建設業界では海外から研修制度のような形で人材を入れています。海外人材に頼らないと日本がもう回らなくなっているような気がします。ただ、海外の人たちの場合はせっかく教えた技術も研修期間が終わればそれを持って国に帰ってしまうのがもったいないですよね。
建物はもちろん、ガス、電気、水道のメンテナンスなど生活に直結した工事などの技術者が居なくなるという事は今後大変な問題になります。特に地方においては都心部よりずっと深刻です。国交省などにも働きかけ、こうした人材育成に早急に手を打っていかなければならないですよね。
上野会長
我々のような事務所ですら、資材不足と高騰、人材の段取りができない、技術者や職人が足りない、などの要因で、着工できないで途中で止まっている案件をいくつも抱えていますから。
千鳥会長
建設工事などの場合には、取りあえず現在居る人材で何とか回していくしかありません。こうした問題点の指摘はできるのですが、解決方法がなかなか見つからないのが現状です。
ワークシェアへの取り組みで人材不足に対処

秋葉 日事連には多くの建築士の方々がいらっしゃいますが、協会として育成への取り組みはどのようになさっていますか。
上野会長
日事連では、次世代を担う人間を育てるため概ね50歳以下の人たちで組織を作っています。その中で特に「ワークシェア」を推進してもらいたいと投げかけています。お互いに取って来た仕事をシェアし、コミュニケーションを広げることでスキルをアップさせていこうという取り組みです。京都会でよく若い会員から、協会に属しているメリットやお金儲けの方法などを質問されるのですが、僕はいつも「目先のお金を追いかけず、きちんと仕事をしていればお金は後から必ず付いてくるよ」と答えています。ところが誰もその言葉を信用してくれないですよね(笑)。
千鳥会長
東京会でも特に「ワークシェア」をよくやっているのが杉並支部で、いくつかの事務所が一つの仕事をBIMで情報を共有しながら協働しています。こういう形は人材の有効活用にもつながりますし、これから増えてくると思います。東京会では、「アーキ・パートナー」という名称で仕事のマッチングサービスの仕組みを作り、スタートさせています。
設計の仕事は受注業務なので、どうしても需要と供給量の波があります。その波をできるだけ平準化しようと、忙しい時に手伝ってもらいたい人と、他の人を手伝える人とをつないで仕事を平準化しようということを目指しています。今は東京会だけでやっていますが、日事連にお話しをして全国的に展開していただきたいと思っているところです。
また、人材育成の一環として東京会では年1回「建築ふれあいフェア」というのを開催し、その中で「児童画コンテスト」もやっています。応募してくるのは小学生のお子さんなのですが、そういう時に親御さんから「この子は将来建築士になりたいんですよ」などと聞くと、やはり嬉しくなりますね(笑)。
できれば今後、若い時から建築に興味を持ってくれる人を増やしていくためにも、特に中学生や高校生あたりにも、建築に触れるチャンスを作っていきたいと考えています。
新たな視点、ソフトの力で育む女性活躍に期待

秋葉 私も建築を初めて学んだのは大学に行ってからだったのですが、特に最近は女性の建築士も多くなりましたよね。
上野会長
そうですね、以前は女性の1級建築士というのは都道府県で1割にも満たなかったのですが、今は半分近くが女性です。しかし、女性の場合は結婚や出産を機に多くの人が建築士としての第一線を退いてしまうというのが問題でした。そこで、各協会でも先ほど話に出た「ワークシェア」の活用で、女性が在宅でも仕事ができるという活動を進めており、その成功例がいくつも出ています。今は在宅でもWEB上やメールのやりとりだけで、打ち合わせなどで実際対面することなく充分仕事が回っていくようになりましたからね。そんな世界ですから仕事は楽になった反面、人と人との情が薄くなったようにも感じます。
千鳥会長
昔は地方の場合、電話や手紙でのやりとりでした。それがFAXになりメールになり、スピードアップすることで考える時間がどんどん少なくなりましたね。やはり、便利なツールと生の会話の両方を上手くバランスをとって活用することが大事なように思います。
秋葉 若手建築士の方々へのアドバイスなどはありますか。
千鳥会長
アドバイスではないのですが、我々の若い頃は自分が失敗しても、例えば施工者の方がカバーしてくれるなど、失敗もある程度許されたものですが、今の時代は失敗は許されない時代になってしまっています。ですから、若い人も失敗してはいけないというところから始まり、会社も失敗をさせないようにしなければいけない時代になっていますけど、私の経験では実は失敗という実体験から学ぶことの方が多いのです。技術的な習得をどうやって、失敗の再発防止に結び付けるかを社会全体として考えていかないと若い人が気の毒だなと感じることがあります。協会の中では若手との交流もありますので、そうした悩みを相談されることもありますし、時には私の方から若い人の新しい時代の考え方を聞き、意見を取り入れることもあります。

「東京会 第2回女性交流会」の開催
Column
今回の対談場所
リビングデザインセンター
OZONE
リビングデザインセンターOZONEは建材や金物、家具のショールーム・ショップが約30社集まる「建築・インテリアの情報センター」です。建築設計やインテリアの仕事に携わるプロの方々にご活用いただいています。
OZONE カタログライブラリー
建材・住宅設備・家具など、様々なメーカーのカタログやサンプルブックを自由に閲覧できます。
ミーティングブース
クライアントとの打合せや仕事仲間とのミーティングの際にご利用いただけるCLUB OZONEプロフェッショナル会員限定スペースです。
▼ リビングデザインセンターOZONEのWEBサイト
https://www.ozone.co.jp/
扱いの難しい「木」の魅力と、その活用法を追及

秋葉 建築士としてのお二人が設計の観点から建材を選ぶ際の優先順位や基準などがあればお教えください。
上野会長
建築基準法的に適合している建材かということがまず最初で、次にこれは日事連の方でもやろうとしているのですが、何とかして外装、内装に木が使えないかということを検討し始めています。それからやはりクライアントの要望によってローコストを考えなければならない場合も多く、昔のようにお金はいくらでも出すので、などという話は殆どありませんからね。
また京都には景観条例があるので使える材料が意外に限定されてしまいます。京都市内は風致とか景観とかいろいろ条例によって制限されていて、特に外装材には適合した建材が選択できるかどうかが鍵になります。内装材については今言ったようになるべく木を活用していきたいなというのが今の僕のコンセプトですね。
千鳥会長 私はもう設計の現場から離れ、今は経営の方に移っていますが、現役当時にこだわっていたのは、時間の経過が価値になるというか、時と共に美しくなる設計です。若い時にはそういうことが理解できていませんでしたが、経験を重ねる中で、本当の美しい建物というのは、建てたばかりのものではなく、10年後、20年後に年月を経た味わいが出て美しくなる建物だと確信しました。でも、実際にそれを設計できたかというのは疑問ですが(笑)。また、建材の選択についていえば、木というのが重要な材料の一つだと思いますが、木はメンテナンスも必要ですし、使い方を間違えると大変なことになる恐れもある難しい素材です。
上野会長 なぜ木にこだわるかというと、先日、建築設計議員連盟の先生方との懇談会において、ある方から日事連では木造をやらないのかとの質問をいただきました。確かに僕も振り返ってみたら、木造を研究していることが少ないことに気づき、昨年「木造・木質化ワーキンググループ」を作りました。実は木造の話は、京都では昔から出ていまして、要は京都では檜とか横架材という梁になる木が少ないのです。いくらでもあるのは杉で、北山杉が有名ですが、今は間伐材だらけになっています。
それを木材組合連合会が、梁に使えないかと言って、京大の先生に構造計算をお願いし、その結果、ワンサイズ上げれば梁にできると証明をしたのです。その当時はコロナ禍で外材が全く入って来なかったため、杉材で横架材ができるようにしようということでした。しかし、僕ら設計側としては、梁の前に杉の集成材の研究を先にしてほしいと木材組合に訴えてきました。集成材の梁だったら間伐材でいくらでも作れますからね。
最近は全ての建材において、建材メーカーの研究は相当進んでいるようですね。断熱材なども、薄くて断熱効果の高くなるようなものが多く開発されており、他の見えないところでの建材の開発、研究も相当進んでいると思いますよ。
千鳥会長 今は昔と違って、ネットでいろいろな情報が簡単に手に入る時代です。例えば「建材ナビ」の情報量なんて凄いと思いますよ。それがBIMと繋がることを考えると、設計者として図面に設定した同じスペックのものを「建材ナビ」の情報からすぐに選んでくれ、BIMの情報も施工の段階で実際使ったものに更新されるという事になりますからね。そしてそれが、メンテナンスに使えるようになれば、BIMの本当の活用になってくると思います。「建材ナビ」の持っている情報とBIMが連動した先に、もっと凄いものが見えてくるのではないかと思っています。
秋葉 今後も新しい情報発信を含め、いろいろなチャレンジをしていきたいと思います。本日は、お二人に貴重なお話をいただき、誠にありがとうございました。
取材
KENZAI-NAVI Media Planner 秋葉 早紀(二級建築士)
今回は、建材ナビジャーナル20号でインタビューをさせていただきました児玉前会長のご縁もあり、対談が実現しました。今後も協会の活動と更なる発展に注目していきます。
一般社団法人東京都建築士事務所協会 インタビュー&レポート
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京都府伏見区生まれ。1984年3月摂南大学工学部建築学科卒業、同年4月株式会社石原工務店一級建築士事務所入社。1986年上野一級建築士事務所(現一級建築士事務所株式会社上野建築事務所)入所。京都会会長、日事連副会長等を歴任。2024年6月より第13代日事連会長に就任。
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千鳥 義典 | chidori yoshinori
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