メーカーインタビュー
高広木材株式会社
限りある天然資源としての材木。
長い歴史を重ねてきた材木の街「新木場」はいま、時代の流れに沿うべく
新たな舵取りを模索し、動き始めている。
2013年 12月
インタビュー / 建材ナビ・アートディレクター

木材の街「新木場」を長年支えてきた企業への取材を通して、ものづくりの原点を探るシリーズがスタートした。
本日は、天然の殺菌力を備え、腐りにくい特性をもつカナダ産ウエスタンレッドシダー販売の先駆的企業として、さまざまな試行錯誤を積み重ねてきた、木材の老舗「高広木材株式会社」に取材。レッドシダーの魅力と今後の展望を伺って来た。

■ 会社概要
社名: 高広木材株式会社

代表取締役社長 渡辺 昭
代表取締役専務 渡辺 幹夫
会社設立: 大正3年
所在地: 本社 〒136-0082
東京都江東区新木場1-6-3
営業所: 岩井 〒306-0621
茨城県坂東市大谷口1035
話し手

高広木材 代表取締役専務 渡辺 幹夫様
高広木材 営業部 主任 佐々木 光 様

ウエスタンレッドシダーが実現する「木を活かす建築」

高広木材株式会社

― ホームページで拝見しましたところ、御社は日本における「レッドシダー専門店」の先駆的な存在と言えると思いますが、元々は国内外の木材全般を取り扱われていらしたそうですね。そこから、レッドシダーを専門に扱うようになったきっかけ、あるいはエピソードなどがございましたらぜひお伺いしたいのですが。

渡辺:高広木材は、大正3 年創業、今で三代目です。創業して99 年になります。

― もうすぐ100 年ですね。続けてこられた理由についてどのようにお考えですか?

高広木材株式会社

渡辺:やはり、時代に合わせた形で変化していくことができたからでしょうか。どんな仕事をやっていても、共通することだと思います。それこそダーウィンの進化論ではないけれど、やっぱり変われるものが生き残るのだと…。長い歴史の中ではいい時もあれば悪い時もある。
そこをなんとか乗り越えて、弊社も今に至っています。

― 100 年というのは、歴史を感じます。簡単にまとめられないとは思いますが、商売の変遷について、教えてい ただけますでしょうか?

渡辺:戦前から戦争直後は、国産材を主に扱っていました。第二次世界大戦で多くの都市を焼失してしまい、戦後はとにかく産めよ、増やせよ、住宅はもちろん、学校だって足りない、全て足りない。とにかく屋根つけて建てろというような感じで、木材の需要はものすごく大きかった。
その当時は敗戦国だから資源がない、金へんのものはなくて、木へんばかり…。とりあえず外壁だってゴミ箱だって、何だって木で造っていた、という時代でした。
次第に、供給が需要に追いつかないようになって、国産材から、輸入木材の時代になっていったのです。

高広木材株式会社

― 御社でも、輸入材を扱われるようになったのですか?

渡辺:そうですね、あれば売れるという状態だったので、大量生産するということがいいことだと、業界全体で 生産過剰体制を作ってしまった結果、今度は価格競争が始まりました。究極の買い手市場です。そういう状況が続き、われわれも将来を描けなくなってしまい、 独自性のある商品を開発していかないと…と考えるようになりました。まだ誰もやっていない、いろいろな輸入材に目をつけた時期もあります。