メーカーインタビュー
協和木材産業株式会社
限りある天然資源としての材木。
長い歴史を重ねてきた材木の街「新木場」はいま、時代の流れに沿うべく新たな舵取りを模索し、動き始めている。
2013年 7月
インタビュー / 建材ナビ・アートディレクター

「新木場」という地名は木材取引のシンボル的な存在として知られる。東京メトロ、JR、りんかい線が乗り入れる新木場駅は平日の朝夕は主に通勤・通学客で混雑し、休日は主に東京ディズニーリゾートや葛西臨海公園、お台場などへ向かう行楽客で賑わう。
また、幕張メッセや東京ビッグサイトでのイベント開催時にも混雑することがあり、巨大都市東京と千葉を結ぶ人的交流拠点でもあり、陸上、海上を併せた物流拠点でもある。
このような新木場の地の利を生かし古き良き時代から代々受け継がれてきたビジネス形態が、原材料としての「材木」の取引である。然しながら、この取引形態もここ「材木の街」に押し寄せる時代の変化により、いま新たな舵取りを迫られている。
本日は、この地で長年様々な木材を取り扱ってきた木材界の老舗のひとつ「協和木材産業株式会社」代表取締役社長 河合信一郎氏に、「新木場」の今後の展望について伺った。

■ 会社概要
社名: 協和木材産業株式会社
代表取締役社長 河合信一郎
所属団体: (社)全国木材団体連合会
(社)東京都木材団体連合会
東京木材問屋協同組合
東京広葉樹協会
東京広葉樹八日会
東京新木場木材商工協同組合
新木場原木協同組合
会社設立: 昭和22年 7月
所在地: 〒136-0082
東京都江東区新木場1-13-4

時代の流れに伴うビジネススタイルの変化

― 新木場といえば「材木の街」として、筏状に組んだ丸木が水に浮かんでいるようなシーンが想像されるのですが、最近の新木場におけるビジネススタイルも変わってきたと伺っています。どのように変化しているのでしょうか。

河合:建材がここまでいろいろな種類が無い時代からですので、周りの状況や供給するものも変わってきました。もともと木材を使って住宅を建てていましたが、木材は貴重な資源ということもあり、例えば、集成材などもそうですが、無駄にしないよう細かいパーツを組み合わせて1 枚の板にするという製品に変化して行きました。
 基本的な考え方は、丸木という大きなものから小さいものにしていく。つまり、製材して板を作っていき、規制サイズに満たないところもでてくるので、フローリングをとったり、最後細かいものを取ったりと。
 やがて、無駄なく有効利用するという考えから、集成材が生まれたと聞いています。要するに小さいものから大きいものを作っていくという発想の変化が、無垢の「建材」というところに発展して行ったと思うのです。
 限りある資源とそういう人工的なものとの共存共栄という形で発展したのだと思います。

― 昔は構造そのものというか、家を作るのは全て『木』だったわけですね。

河合:その昔は木造住宅です。もちろん構造において木材は今でも一般的に使用されています。弊社においては基本的に造作材、つまり内装材としての取扱いがメインですので、その点では無垢材を使っての内装をする建物は昔に比べて減少し続けてきた事は確かです。ですがまたここ数年、少し無垢材に関して見直されてきている雰囲気はあるような気がします。

― 木材も限られている一方で、なおかついいものを使いたい設計士さんなどは、質の高いものを求めていると思うのですが。そこへの対応はどのようにお考えでしょうか。

河合:やはり価値観だと思いますね。どこか違う特色を持たせる意味で無垢のものを使う、というようなアプローチがよいのではないかと。設計士さんなどはある程度大きい物を要求してくることが多いですね。
 一般的な細かい物じゃなくて、目立つところ、例えばカウンターなど幅の広い物にこだわりがあるようです。床材でも150幅や180幅など、幅広のものも需要がありますね。弊社としても建材メーカーさんなどから求められる木材は大きく、広いものですから、そういう幅広のものなどに特化して取り組むことにしています。
 また、お客様もそういう物を求め、価値観を感じてくれている方が多くなってきたのではと感じています。また、無垢でも75幅や90幅などのタイプは、標準的なタイプですからどうしても価格の競争にもつながってきてしまいます。そもそも素材自体が天然のものですから、価格の競争にも限界があります。
 無垢材は、複合フローリングのように大量生産ができないですから部材屋としては価格よりも、素材としての価値を感じて頂きたいので、どんどん素材の良さをアピールして行かなければいけないと思います。

手のかかる広葉樹へのこだわりはどこから

― 御社ではポピュラーな針葉樹より、手のかかる広葉樹に力を注いでいるのはどうしてでしょうか。

河合:昔から弊社では広葉樹をメインに扱ってきました。創業は昭和22年ですが、その頃から北海道の広葉樹であるナラやカバ、タモなどから始めています。昭和40年代の頃には南洋材のラワンが全盛期となり、現地での製材やここ新木場においてもかなりの量の丸太を挽いたと聞きます。その当時を振り返ると毎日毎日ラワンの製材におわれ他種の木材に手がまわらないという状況だったようです。
 しかしながらそのような状況が続く中、広葉樹は広葉樹でもやはりそもそもの自社としての芯となるものがなければならないという思いがあり、それが北海道産広葉樹であり、こだわりという思いだったそうです。
 昨今においてもその広葉樹への思いはかわっていません。そう思うと価値、魅力など理由は多々ありますが、総合すれば弊社の歴史の過程が一番の広葉樹への力をいれている理由になるのだと思います。